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これは、ピーター・メルキュア氏(G.S.I.講師)が、2001年10月に、
S.I.施術者トレーニングのために来日した際、IHM総合研究所によって行われた取材インタビューの内容です。
すこし長文ですが、S.Iがどんなものであるかの一端が、よく表されていると思いますので、是非お読みいただければと思います。
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●ピーター・メルキュア(Peter
Meluchior)氏について
1965年にアイダ・ロルフ博士のクライアントとして大事故の後遺症から解放されたピーターは、それ以後ロルフ博士についてロルフィングを学ぶことになり、ロルフ博士の亡くなる1979年まで、ロルフ博士に師事し、また友人として共に研究を続けました。
1971年からアメット・ハッチンズと共に、ロルフ博士に養成された最初のインストラクターとして、ロルフ研究所(Rolf
Institute)の前身であるG.S.I.(Guild
For Structural
Integration)を設立し、G.S.I.が、ロルフ研究所となってからも長年に渡り、同研究所で、ロルファーを養成してきました。
1989年にロルフ研究所よりG.S.I.として独立してから、2005年に亡くなるまで、G.S.I.でワーカーを養成してきました。
ロルフ博士やその他の偉大な人々との出会いが、ピーターのインスピレーションを豊かにさせる源泉であり、教育の場においてもそれが生かされてきました。彼は、知識と叡智をこよなく愛し、繊細なタッチと長年の経験を通しての達人ぶりで世界的に知られています。
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ピーター・メルキュア氏への
インタビュー
■ストラクチュラル・インテグレーション(S.I.)とは何ですか?
誰にでも備わっている本質的な可能性として、人間の身体の場と地球の場(フィールド)とのより良い関係を創ることが可能である、ということが中心となる考え方としてあります。
身体を自分の中心軸の周りで秩序だてることができ、物理的に身体の並びがうまく整うと、重力が身体の敵(負担)になる代わりに支えになる。仲間になる。これがS.I.の目的といえると思います。
■ピーターさんは、どのようなきっかけでS.I.と出会ったのですか?
まだ若いとき、私は、運転している車ごと崖から転落したのです。
その後1964、5年にエサレン・インスティテユートで、アイダ・ロルフ博士(S.I.の創始者)に出会ったのです。
彼女は私の曲がった身体を、文字通りまっすぐにしてくれました。それがとても衝撃的だったのですね。私は2年間クライアントとして彼女からS.I.を受けていたのですが、その後、彼女は私をS.I.のプラクティショナー(施術者)として教育し、また何年か経って彼女の生徒のうちの私を含めた数人を教師として養成したのです。
エサレンではロルフ博士のアシスタントディレクターをしていました。 また、事故を起こす以前から11年間エサレンにいて、そこで食堂を経営していました。
■ご自身はS.I.を受けたことによってどのような効果が得られましたか?
私の場合はベーシックな10回のセッションによって、2センチほど背が伸びました。
そして背中や腰の痛みがほとんどなくなり、また自分の姿勢、身体の形がドラマティックに変化しました。事故の直後はひどい姿勢でしたから。胸をハンドルで強く打ってしまっていたのです。
■一般的にはS.I.を受けることによって、どのような効果が得られますか?
受けに来る人は、さまざまな異なった目的をもっています。
アスリートやダンサーのように、自分のパフォーマンスをもっと高めたいという人、私のように身体に何か問題があってやってくる人、心理セラピストのところから紹介されて、心理的な問題を解決する目的のためにやってくる人などです。
普通の、一般的に言えば健康で、問題がない人でも、もっと身体は楽になります。エネルギーの上がり下がりが少なく、滑らかに生活できるようになっていきます。また、大体において人生の楽しみを味わえるようになる。あるいは、自分の人生を受け容れることができるようになってくると言っていいかもしれません。
身体にあらわれる明らかな変化以外には、より良い血液・体液の循環、より良い栄養の消化吸収がもたらされます。また、身体全体のより良いコミュニケーションが可能になり、自分の中に一体感、つながりを感じるようになります。部分部分のバラバラ感がなくなっていきます。
自分のアイデンティティが、より一つのまとまりとして収まった感じといってもいいでしょう。
もちろん身体から始めるのですけど、「ボディマインド」、つまり身体とこころは分けることができないものですから。
■身体のゆがみの元々の原因は何でしょうか? また、それは特に精神的なものの影響が大きいのでしょうか?
身体のゆがみの多くは、出生時のトラウマとか、幼少時の事故や怪我、肉体的にも精神的にも、うまく癒されなかったものなどから始まります。
また、身体の緊張(例えば、「怒り」などによる)が、身体の態度(状態)として慢性的に表れている場合、それが後のち、身体全体に影響を与えることとなるわけですね。そうするとその人は、そういった基本的なバランスの欠如を持ったままで人生を生きてゆくことになります。
S.I.はそのバランスの欠如を見てゆくわけです。元々の原因は子供の頃のことでもありうるし、最近のこと(事故による衝撃など)でもありえます。
アンバランスな身体の原因がすべて、心理的な問題にあるとは思っていないのですが、
2つは(肉体と心は)分けることができません。
生理学的なトラウマのおかげで、いつもこんなふうに(例えば、胸などが)閉じてしまった状態でいたとしたら、対応して心理的な状態にもそれは反映されます。
そういった状態での、その人の「人生」というものは、そうではない(開かれた)状態の身体で体験するものとは違ってきます。いつも身体を通して自分の人生を体験してゆくわけですから。
それと共に、その身体はおそらく慢性的な痛みをずっと持ち続けることと思います。そういった、痛みを持った状態はたぶん、明らかに自分の身体と行動、マインドにも影響をあたえていることでしょう。
■それを解放するのがS.I.なのでしょうか?
どんなものであれ、「身体の中心軸」の周りで伸びてゆくものの、妨げになっているものを取り除いてゆく作業がS.I.といえます。最も大きな意味合いから言えば、S.I.の目的は、その人のスピリットの表現が、肉体を通して全うできるようにするということです。
そういう言い方をするとちょっと大げさすぎるかもしれませんが。(笑)
■いろいろな身体の問題や、精神的な問題を抱えたクライアントが来るわけですね。そういう人たちに対しては施術するときは、どのような思いで向き合うのですか?
ある人はそういった問題を抱えてやって来ますし、また他の人たちは、「現在とは違った生き方」ができるんじゃないかという期待のもとにやって来たりします。
私のところに来る人というのは、「その人、そのまま」として来るわけです。その人の、「今」と出会うようにしたいと思っています。自分の好き嫌いとか、「こうあるべき」といった考えを全部横に置いておきたい。ただ開いたまま出会って、そこで繋がり、一緒に何ができるかを見つけてゆこうとします。
よくね、例えばある人が慢性的な膝の痛みがあって、「このヒザが・・・」云々、と言ってやって来たとき、その人の関心や注意というものは、全部その問題に集中されているわけです。
S.I.の仕事というのは、「それ」(膝の痛み)をちょっと緩和させてやるということが一つと、(膝がすべてではなくて)それが身体全体の構造の一部になるように戻してやることです。
ですから最初に、「それにあまり囚われないで、先ずはこっちを先にしてみましょう。」といった言い方で進めることもあるし、後々、何回かセッションを重ねてゆくごとに、「ところでヒザの方はどんな具合ですか?」と聞いてみたりね。
そうしたら「あぁ!そんなにはひどくはないです。」とか、「良くなってます。」といったようなことになるわけです。
でもその頃になると、ここ(膝)の問題だけでやって来たはずの人が、もっと違うリストで他の問題とかが、いっぱい出てきたりするわけですね。「首が痛い」とか。(笑)
でも、そのことがその人に、あるインパクトを与えるわけです。
初めは膝に意識が集中して、そのことから意識が離れられない状態で来ていたのが、今はもっと他のことが気になりだしてきたとき、そういった意味では「膝」から、その人の人生が少し広がったわけですね。ですから「膝」が単に全体の中の一部であるということに気づきだしたということです。
また、どれだけのパターンが、自分自身で選んでしてしまっているものであるかということを理解してもらいたい。それを理解することによって変えることができるわけです。
プロセスの最初としては、そのクライアントが何を望んで来ているか?を見つけることです。そして、そこでS.I.がそのことの助けになるかどうかということを話し合います。S.I.がうまく助けになりそうだと思えるものもありますが、時には問題をかかえてやってきた人と話してS.I.が合わなさそうだなと思ったら、「もし私だったらS.I.を受けるよりも、先に鍼灸を受けに行きます。」などと言う場合もあります。
ほとんどの場合、私のところに受けに来る人は、前に受けたことのある人の紹介でやってきます。
紹介で来るということは、その人が治ったから、あなたも行ったほうがいいよとか、こういう体験をしたから、あなたも行った方がいいとか、紹介者の経験を基準にやって来ますから。
時にはお医者さんとか、サイコセラピストとかそういうところから紹介されてくることもあります。
■34年間のキャリアの中で、これまで何人くらいの人に施術をしてきましたか?また、その中で特に印象的なことなどあったら聞かせてください。
多くの人ですよね(笑)。一週間に20人くらい、年40週として一年に800人くらいで、30年で延べ2万4000人ということになりますね。
そんなに昔のことではないですけれど。最近の話です。
大体30歳くらいの女性の人がやってきました。ある種の脳のダメージでね。お母さんが連れてきて、その人の面倒を見ていたんですけど。赤ちゃんのときベビーベッドの境目に首が引っかかった状態で長い間いたために、脳障害を起こしたそうです。
彼女もS.I.のセッションによって期待通り身体が変わっていきました。彼女のお母さんから聞いたのですが、彼女はS.I.のセッションに通う以前には鏡を決して見ることがなかったそうです。ですから自分の家の中に鏡を置いていなかったのですが、セッションの8,9,10回目のあたりで、鏡を買ってお化粧をしはじめたというのです。
それは私にとってはね、その彼女自身がこれまでとは違った生き方をし始めた、という表れだと思えるのです。
(周囲を見渡して)
この部屋の中にいる何人かも、いくつかの奇跡的な変化の体験しています。
例えば、これはもう決して治るはずがないと思えるようなことが治ってしまうとかね。あるいは全く期待もしていなかったようなことが起きるとか。
それは何故かというと結局、人間の可能性の限界を私たちは本当はよく知らないんですね。ある機能を身体の中で目覚めさせてゆくと、その人の人生全部が変わってしまうということも起きるのです。
または、ある人は今までとは違ったカテゴリーの中で、ものを考えはじめるとか。ジャンプができなかった子供がジャンプをし始めたり。それをずっと見ていくうちに、すばらしいバスケット選手になっていったとか。それというのは、その子供がジャンプをすることができなかった状態のまま大人になっていった場合とは全然違った人生を歩んでしまっているわけですね。
■クライアントからどんな情報を受け取って施術を行うのですか?
クライアントから色々な情報を得ようとします。プロセスを通してずっと、身体を見て分析したり、写真を撮ったり、色々質問をしたりします。クライアントがどんな感じがしているかというのを見つけようとするわけです。
どんなエキスパートよりもクライアント自身の方が自分の身体について、よりよく知っています。私たちが情報を得るのはクライアントのシステムからです。個人的には、クライアントと話をしたときに、その人がエキサイトすること(喜びを感じられること)は、どういうことか?そのことに関してもう少し話をしてくださいといいます。いつもそういうものを探しています。
アイリッシュ・ステップダンスをやっている女の子がやって来ました。彼女はそのダンスのチャンピオンだったんですが、私が「好きなんでしょうね?」と言ったら、彼女は「私はあれ大嫌い!」と答えたんですね。「私はすごい嫌なんだけど、お母さんがそれをさせるからやっているだけ」と言うのです。でもそういったときにちょっと注意しなければいけないのは、「お母さんが間違っている」というようなことを私が言ったら良くないんですね。
そこで、「では、何がしたいの?」というような聞き方を代わりにしたわけです。そうしたら、「バレーボールがしたい」と言ったんですね。「じゃあ、今やっているダンスをやりながらでも、バレーボールは出来ないの?」と訊ねたら、「わからないけど、もしかしたらできるかも」と言ったのです。
後にお母さんと話をする機会があり、どんな具合になったか探りをいれたところ、彼女は実際にバレーボールを始めたというのです。そうしたらその後、彼女の身体的な構造が、今まで見たことがないような変化をしたんですね。それは私たちのワーク(S.I.)だけによって変ったというよりも、何かが彼女の人生の中で変化して、肉体的な表れというものがそこで変わってきたということを意味しています。
それは、まあ、デリケートなところで、お母さんがやらせようと思っていることへの妨げをしたりすることについては、ちょっと注意しなければならない。でも、お母さんを喜ばせようと思ってステップダンスが大好きなようなふりをしていたのが、いったん、どんなことがそこで起きているのかということを彼女自身が理解したときに、別にステップダンスをしても構わない、という感じになったのですね。
また、「お母さんを喜ばせてあげるということは、そんなに悪いことじゃない」というような理解の仕方を示すわけです。でも、そのことが彼女の全体図の中で、今までとは違った関係性をそこでもたらし始めるわけです。
それがそのまま先に続くと、その今までやってきたステップダンスというものは、彼女自身のアートになってゆくわけですね。誰かに押し付けられて、やらされているものではなくなってゆくわけです。
■ストラクチュラルインテグレーションの究極の目的とは何でしょうか?
人によってそれぞれ、異なったゴールがあると思います。
先ほども言いましたが、私にとってのゴールは、その人のスピリットの表現が身体を通して、全うできるようにすることといえます。それは芸術であろうが、科学であろうが、その他のことであろうが何でもいいのです。中にあるものの表現が、全うされる道を見つけることです。
クライアントは何であれ自分のしたいことをするわけです。S.I.がしていることというのは、それをよりやりやすくしてやることですね。どんなシステムや組織であろうと、その人が本来あるべき状態を、小さくさせてしまうようなものは投げ捨ててしまうべきだと思うのです。
■人間は、色いろな癖をいっぱい持っていますからね。
そういった習慣や癖などのようなものは、自分の意識の中に意識に上るようになって、理解してあげると、変わることが出来るんですね。ですから、「ああ私にはこんな傾向があったのか」ということが見えると何かがそこで変わっていきます。
見るだけで?
そうです。見るだけでね。
実際は普通、それを見るとき「これは悪い癖だ」というような見方で見てしまいます。「それを変えなければいけない」というようにやってしまうのですが、それだと葛藤が起きるわけです。それではあまり変わりません。それを見て単に「ああこういう傾向があるのか」と価値判断をしないで見ているだけ。そうすると変わり始めることができます。
ですから、第一歩目というのは自分自身に正直であるということですね。ほとんどの場合、自分で自分の問題が何かということをを知らないまま、多くの問題を解決しようとしてしまいます。たとえば、政治的な問題とかを見てもわかるようにね。(笑)
◆世の中に影響を与えるような人たちが体の統合を考えてゆくと、いろんなことが変わってゆくでしょうね?
まあ、たぶんそれは第一歩目だと思います。多くの場合、身体というものを、そういうところから切り離して見ていて、身体を本質的なものだと思っていないんですね。身体自身に叡智があるといった見方をしていません。でもあるんですね、それは本当に。そのことを狭めていってしまって、例えば原理主義の宗教などになるとね、「身体なんか」という見方をしてしまいがちです。
私のクライアントにも何人か、キリスト教の原理主義者がいるのですが、とても「怒り」を身体に持っているのが見受けられます。それは恐らく想像が付くことと思いますが。
それでも度々私のところに通ってきます。あまり共通言語では話ができないのですが(笑)。そういう類の哲学を持った人たちが来て実際に身体が変わってゆき、感覚を持ち始めるというのは、私にとってはすごく驚きなのですけれど。どういう風に人生が変わってゆくかということを見るのはすごく面白いと思います。それによって、例えば本当にスピリチュアルな人だとしたら、その体験というのは、とても豊になってゆくと思うのです。
(※このインタビューは、9.11の翌月に行われました)
◆皆がそうなってゆくと世の中は変わっていきますね
そうだと思います。これはアイダ・ロルフ博士が本当に信じていたことなのです。よりよく秩序だった、より「統合」された(身体をもった)人たちのグループは、よりよい世界を作ってゆくだろうと。
まあ今のところ、まだそれは見らないんですけどね。(笑)
◆最後に、S.I.のセッションの後や、一般的に身体のバランスを保つために心がけておくとよいことなど、アドバイスはありますか?
いろんなことが出来ると思います。例えば、ある人は武術をやったり、また、瞑想をやる人もいれば、身体の機能的な働きを整えるために、ムーブメントの教師のところに通う人もいます。多くの場合は、その人の、自分自身の気づきの中から、そういうものは現れてくることが多いですね。
クライアントがよく、例えば「私、テニスを始めたんですよ!」などと言うんですね。私が今思い浮かべているその人は、いまだかつて、そんなことをやったことが無い人で、本を読んで勉強する意外にやることが無かったようなひとなのです。それが外に出てテニスを始める。
それはね、「何かやった方がいいんじゃないか?」ということを身体が理解し始めたからだと思うのです。例えばそれは散歩に行くということかもしれないし、それをしたら、次の週もまた散歩に行こうかと思うかもしれない。また、ちょっとストレッチをして、身体を伸ばすのが気持ちがいいなと歩きながら思うかもしれないといった具合に。
私たちのところに来るほとんどの人というのは、働きすぎていたり、何にでもですが、一つのことに集中しすぎています。ですからもう他に何もしなくても、この忙しいのをちょっと脇に置いておいて、ドアにカギをかけて少し横になるとか、息をただするだけでもね、それがもし心地よかったら、身体はそれをしたくなるわけです。
でもほとんどの場合、そういった身体の声を閉ざしておいて「私は忙しいからそんなことはしてられない」という具合に、耳を傾けないということがあるわけです。ですから、色々なことが出来ると思います。
何であれその人がエキサイトできて、楽しめることであればそれでいいと思います。それは全部、身体が知っています。頭よりも身体の方がふつうはよく知っていると思います。身体というのは自分の体験に対して、より直接的ですから。ある意味では、身体というのはいつも現在形の中にいるわけです。3週間前に何をしたんだろうかというようなことをそんなに考えていないですから。
◆長時間インタビューさせていただき、ありがとうございました。
(2001年10月)
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