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◆アイダ
P.ロルフ博士は、1896年、ニューヨークで生れました。1916年にバーナードカレッジを卒業し、また1920年にはコロンビア大学医学部において生化学の博士号を取得しました。
彼女は若い頃、旅の途中で馬に蹴られたことがきっかけで高熱を出し、肺炎のような症状になりました。彼女の担当医は治療の経過に満足せず、オステオパス(整骨療法師)の治療を彼女に受けさせたところ、ようやく呼吸ができるようになりました。 彼女はその後、それをきっかけにして、「身体の構造がその機能を左右する」というオステオパシーの原理に関心を持つようになりました。
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ロックフェラー研究所で働いていた1920年代に、ホメオパシー(同種療法)との出会いがありました。慢性化した現在の問題から、徐々にタマネギの皮を剥がすように最も古い問題まで遡って癒す、「治療の法則」と呼ばれるものをそこで理解したのです。
1930年代、彼女は彼女自身と家族の健康問題を解決するためにその10年間を過ごしました。
オステオパシー、ホメオパシー、カイロプラクティック、アレクサンダーテクニックや、コゼフスキーの「一般意味論」等の研究によって多くの発見があり、特にタントラのヨガが彼女に与えた影響には大きかったといわれます。
1940年ころ、怪我でピアノが弾けなくなった音楽教師の腕を回復させたのがきっかけで、助けを求める人達が彼女のもとに押しよせるようになりました。彼女はさまざまなエクササイズやアイデアを探求した上で使えそうなものは取りいれて、自分の技術を確立させて行きました。「柔組織をあるべき場所に持って行き、正しい動きをさせる」という、S.I.の最初の原理が生れたのはこのころです。
◆重要な点は、S.I.がそれら多くの技術の寄せ集めではなく、ロルフ博士独自の理論の上に成り立つ、彼女のオリジナルの技術であるという事です。彼女には、古今のさまざまなものを理解する能力と、それらを一歩先へと進める才能があったのです。
ロルフ博士は自分のこの技術を、Structural
Integration(構造的統合)と名付けました。1950年代初めには、彼女の理論と技術のエッセンスを、「レシピ」と呼ばれる、10回のセッションによって構成された“マニュアル”のような形にまとめ、それを生徒たちに教え始めました。
1960年代に入ってゲシュタルトセラピーの創始者、フリッツ・パールズに施術を行なったことがきっかけでエサレン研究所を訪れ、そこで、S.I.の施術者およびインストラクターの教育を行ないました。 彼女のS.I.は現在、一般的に「ロルフィング」という名称で知られていますが、それはこのエサレンの時代に、ロルフ博士のキャラクターおよび、その技法の強烈な印象から名付けられた愛称です。(現在、RolfingおよびRolferの名称は、Rolf
Instituteの登録商標となっています。)
1969年からエサレン研究所を通じて、S.I.の効果についてのリサーチが行なわれ始め、UCLAにおいても、ヴァレリーV.ハント博士他によるリサーチによって科学的にもその効果が証明されました。
1979年に亡くなるまで、ロルフ博士は、研究と施術者のトレーニング、講演、執筆にと精力的に活動を行ないました。

■ロルフィングとS.I.の違いは?‐
◆ロルフ博士のS.I.(ロルフメソッド)は、「ロルフィング」という名前でよく知られています。
アイダ・ロルフ博士が、このメソッドに付けた元々の名称は、S.I.(Structural
Integration)でしたが、ロルフ博士がエサレンで過ごしていた1960時代、このメソッドはRolfing(ロルフ式orロルフ流?)というニックネームで呼ばれ、世の中に知られるようになりました
1960年代後半、ロルフ博士の指示により、徐々に増えてきたS.I.
の施術者達によって
Guild for Structural
Integration(G.S.I.)が結成され、1973年にはコロラド州のボルダーを本拠地を移し、Rolf
Institute(ロルフ研究所)と名称を変えて発展をしていきました。
しかし1989年、Rolf
InstituteからG.S.I.が分離独立したために、それ以降ボルダーにはG.S.I.
と Rolf
Instituteの2つの代表的なロルフメソッドのトレーニング機関が存在することになり、現在に至っています。
現在、ロルフ博士のメソッドである、S.I.の施術者を養成する教育機関は上記の2校以外にもあり、日本で知られているシン・インテグレーションやヘラーワークのように、ロルフ博士のメソッドを基に、独自の考えを加味するなどして、独立して学校を開いたものなど、多数存在しています。
◆「ロルフ博士のメソッド」という意味で使われ始めた「ロルフィング」という言葉でしたが、
「Rolfing」およびその施術者を表すRolferの名称は1978年、Rolf
Instituteの商標として登録されたため、その後は、それ以外の養成機関においては、S.I.(Structural
Integration)またはその学校独自の名前で、施術者の認定が行われることになりました。
同じロルフ博士のメソッドでも、ロルフィングと言ったり、SIと言ったり、その他の名前で言ったりするのはそのためなのです。
(ロルフメソッド=ロルフィングとどうしても理解されがちなんですけどネ。。)
■G.S.I.
(Guild
for Structural
Integration)について
(ギルド・フォー・ストラクチュラルインテグレーション)は、ロルフメソッドを代表する研究、教育機関であり、G.S.Iの施術者、教育者および、G.S.I.の趣旨に賛同するRolfer(ロルフィング施術者)、Hellerworker(ヘラーワーク施術者)などの施術者からなる賛助会によって構成される組織です。
「ギルド」は1960年代後半、アイダ・ロルフ博士によって、S.I.の施術者の養成と研究を目的として設立され、博士によって命名されたS.I.施術者による団体で、やがて組織が大きくなり1973年、組織の名前は「Rolf
Institute」(ロルフ研究所)へと変更されました。
1989年、アイダ・ロルフ博士の元々の教え、理念を追求してゆくことと、博士の残したオリジナルの「レシピ」の保存とその教育を行うことを主な目的として、初期のギルドのメンバーを中心とするグループが新たにG.S.I.としてRolf
Instituteから分離独立し、現在に至っています。
Rolf
Instituteとは「元祖」と「本家」?といった間柄の、アイダ・ロルフ博士直系の団体で(両者ともにアメリカのコロラド州、ボルダーにあります)、
ロルフ博士によってインストラクターとして最初に養成された、アメット・ハッチンズ、ピーターメルキュア氏(故人)を始めとする教授陣による、高度で優れた施術者の養成を特徴としています。
詳細はG.S.I.(ギルド・フォー・ストラクチュラルインテグレーション)ウェブサイトをご覧ください。

http://www.rolfguild.org/
http://japan.rolfguild.org/(日本語版)
米国コロラド州ボルダーに本拠地を持つ、ロルフメソッドを代表する教育、サービス機関、
Guild For Structural
Integration(ギルド・フォー・ストラクチュラルインテグレーション)
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シン・インテグレーションについて
◆ロルファーで心理学者でもあるマーク・カフェル博士が、南山大学のグラバー俊子教授の呼びかけによって集まった「ロルフィングの会」の招きで、1985年より日本に来日し、毎年ロルフィングを行なったのがシンインテグレーションのはじまりです。
(マーク自身のロルフィングの様子は、グラバー俊子著『ボディワークのすすめ』(創元社)に詳しく収められています。私は、1988年この本を読んだのがきっかけでロルフィングを知り、その年「ロルフィングの会」でマークのロルフィングを受けたのがこの世界に足を突っ込んだそもそものきっかけです。)
マーク・カフェル博士は1992年より、日本でロルフメソッドの施術者を養成すべく、長野県の山中で1年間の合宿制という特異なスタイルでの学校を始めました。(シン・インテグレーションの「シン」は、当時の第1期卒業生が日本語の新・心・真・神・身…といった漢字の音から考えたものです。)
マーク・カフェル博士は、1968年よりエサレンにて、アイダ・ロルフ博士のもとでSI
を、フリッツ・パールズからゲシュタルトセラピーを学び、その後ロルフ博士にメタフィジカル(形而上学)を学ぶことを薦められたことにより、オスカー・イチャーゾ、ブルー・ジョイ他のもとでその研究を行ないました。
1977年から1980年にカリフォルニアのCENTER
FOR THE
HEALINGARTSにおいて、命に関わる重病に対するホリスティック・セラピーのクリニカルリサーチを行ない、その結果に対して1980年にインターナショナル大学より、博士号を授与されています。
マークは、日本で施術者の養成をするにあたって、単に解剖学やボディワークを教えるだけではなく、共同生活による人間関係のトレーニングやエニアグラムなどのメタフィジカルな道具を使っての教育を重視して、それを行ないました。様々な要素で成り立つ、人間という存在を理解することに役立つということと共に、あらゆる面(身体的、心理的、スピリチュアルな面)での、施術者個人の成長こそが、このワークを行なうのに不可欠な要素だと考えていたからです。
施術者の養成は、第4期生(2001年6月卒業)まで行なわれました。
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